徒歩・徒然

2001年1月下期


2001年1月16日(火)

のんびりと風呂に入っていて思い出したこと。
そう言えば、あした朝一で出かけなくちゃならないのに、財布に全然お金が入ってなかったぞ。

体を流すのもそこそこに外に出て、時計を見ると、午後8時53分。
まずい! 郵便局、閉まっちゃう!
走って3分ぐらいかな? まだ間に合うかな?

濡れてる体は、タオルでひと撫でといった感じで済ませ、あたふた服を着込み、裸足で靴をつっかけて表へ飛び出します。
道路は、圧雪・凍結。転ばないよう、滑らないよう、でも、なるべく早く。
こんな時に限って信号が赤になりやがるんです。早く変われー。

なんとか郵便局に到着。僕が着くのと殆ど同時に、駐車場の方からバタバタやってきたお兄さんがいました。どうやら目的は同じらしい。二人して入り口んところでズルっと滑ったりしながら中に入ります。
ひゃー、間に合ったー。やれやれ。これで明日はなんとかなる。

郵便局の表へ出て、今度はのんびり家路を。
いやあ、ホント、どうしてこんな間抜けなんだろう、とか思いながらふと頭に手をやると。

 凍ってる!

てっぺんの辺りの髪の毛がジャリジャリいってます。
「湯冷め」どころの話じゃないや。


2001年1月17日(水)

仙台にて。

先輩と二人、「空が見える! 歩道が見える!」と大感激。


2001年1月18日(木)

職場のボーリング会(“大会”と呼べる類のものでなし)。

4ゲーム立て続けに転がして合計400ちょいという体たらく。
20台の若者よりも50過ぎの小父さんがたの方が生き生きしていてスコアも良いのはいかがなものでしょうか。


2001年1月19日(金)

最近、不具合報告書のようになっているこのページですが、今度はインターホンです。

突然の電話が、新聞の集金屋さんから携帯で。
「家の前に来てるんですけど、ボタン押しても鳴らないんです」
へ? てなわけで、アパートの玄関に出て行って押したら、その通り、なんにも鳴りません。
でも、どうやら受話器を上げれば内と外の会話は出来るようです。

部屋の中の子器を壁から外して裏の配線を見てみても、異常がありそうには見えません。普段は手を触れたり物がぶつかったりすることはないから、物理的な故障が起こるとも考えにくい。
ひょっとして、いったん電源切ってもう一度入れたら直りはしないか、などと、部屋のブレーカーを落としてみたんですが、案の定と言うべきか、改善せず。パソコンじゃないんだから、電源リセットなんかないですね。

こちらが住民の立場で出来ることはやり尽くしたような気がしたので、大家に連絡。
最終的には、町の電気工事屋さんの手にも負えずメーカーの方まで話が上がって行って、現在、来週半ばに修理に来る予定で動いております。

こんな時に限って荷物が届いたりなんだりするんです。
いつもは来客なんてまるでない家なのに。


2001年1月20日(土)

ふとカップヌードルに卵を落としてみたら、それなりの風情になるもんです。
カップの口が狭くて、見えるところ全て卵に覆われてしまうのは、ご愛嬌。


2001年1月21日(日)

「お箸、お付けしますか?」「いえ、結構です」

店を出てしばし、雪がうずたかくなった道端で考え込みます。
買ったのは、おにぎりなんだけどなあ。
ひょっとして、この一緒に入ってるタクアンのためですか? 手でつまむからいいですよ。


2001年1月23日(火)

たまには昔の、それなりに評価を受けたムズカしそうな映画でも見てみるか。
というわけで、『櫻の園』が何かと話題になっている(?)折から、こちら。

「機械じかけのピアノのための未完成の戯曲」 1977年・ソ連
 (原題 : НЕОКОНЧЕННАЯ ПЬЕСА ДЛЯ МЕХАНИЧЕСКОГО ПИАНИНО

アントン・チェーホフの戯曲が原作(「プラトーノフ」その他の、学生時代に書いたもの)。
帝政ロシア時代、とある上流人たちのとある一日。それなりに知られた作品だと思うので、あらすじ等は省略します(と言うより、どう書いたらいいのか分からない)。

喜劇を見るには、教養が要ります。改めて、それを思い知らされました(“喜劇”と言っても、チャップリンの作品のような物でないことは、お分かりいただけると思います)。
この映画、「これこそ、チェーホフ喜劇の真髄」とする向きもあるようです。が、この作品の時代のロシアの貴族たちが一体どういう立場でどういう生活をしていたのか、そういった知識がないこともあり、今ひとつ世界が掴めずに終わりました。
なんとなく荒涼として見える画面(“屋敷”の中でも)は、ロシアの運命を物語っているようでもあり。彼らの口調やしぐさにも、どこか、空しさみたいなものを感じます。はしゃいでいる時でも。

それにしても、あの教師夫婦を演じた役者さん、本当に夫婦だったとは。

監督・脚本 : НИКИТА МИХАЛКОВ(ニキータ・ミハルコフ)
脚本 : АЛЕКСАНДР АДАБАШЬЯН(アレクサンドル・アダバシャン)
出演 : АЛЕКСАНДР КАЛЯГИН(アレクサンドル・カリャーギン)、ЕЛЕНА СОЛОВЕЙ(エレーナ・ソロヴェイ)、ЕВГЕНИЯ ГЛУШЕНКО(エヴゲーニャ・グルーシェンコ)、ほか


2001年1月25日(木)

映画ネタが続きます。

2月に「あなたのために」 “Where the Heart Is” というアメリカ映画が日本公開されると知りました。

もう4年ほど前になりますか、この映画の原作「ビート・オブ・ハート」(WHERE THE HEART IS by Billie Letts、松本剛史:訳、文春文庫刊)を、六本木の本屋で見かけて買って読んでみて、気に入っていました。

17歳の主人公ノヴァリー・ネイション。身重の体で、ボーイフレンドのウィリーと西海岸に車で向かっている所から話が始まります。
ところが、やがて親になるはずのこの二人、なんだかいがみ合ってばかり。そしてあろうことか、オクラホマのセコイアという町の“ウォルマート”で、ノヴァリーがトイレに行っている間にウィリーはどこかに消えてしまいます。
ノヴァリーは仕方がないので、従業員に知られないようにそのマーケットに住み着き、店の品物を内緒で使って寝起きしてどうにか暮らして行きます。やがて徐々に町の人たちにも知り合いを作り、出産など様々な出来事を経て、この町を「ふるさと」と呼ぶようになる……
ノヴァリーが25歳になるまで話は続きます。

なんだかとっても「いい話」だったんです。荒唐無稽な所も多少ありますし、読む人によっては面白みがないと感じるかも知れません。ノヴァリーにいい目を見させて、ウィリーの扱いがひどいんじゃないの? とか言いたくもなります。
でも僕は、セコイアの町の人々が好きになりました。暖かくて、優しくて、ちょっぴり妙で可笑しくて。でも、しゃんとしていて。

本には、訳者あとがきに

1995年にワーナー・ブックスから刊行された、ビリー・レッツのデビュー作である本書『ビート・オブ・ハート』は、アメリカ全土で好評をもって迎えられ、20世紀フォックスで映画化の話も進められているという。

とあるだけで、映画の話は具体的なものが全く見えませんでした。

それがこのほど形になり、去年の4月に全米公開されたとのこと。評価の程は今ひとつハッキリしませんが、どのような映画が出来上がっているのか楽しみです。主演:ナタリー・ポートマン、監督:マット・ウィリアムズ。上演時間130分。いま僕が得ている情報はこのくらい。
(ノヴァリーが朝焼けの写真を撮りに山へ行く場面なんか、ちゃんと作っててくれてるでしょうか?)


2001年1月26日(金)

本当に久し振りの青空が、秋田の空に浮かびました。今日はプラスの2度前後まで気温が上がりましたよ。
「このまま春になれ」とは、昼食からの帰り道での先輩の弁。
同感です。叶わぬ願いとは分かりながら。


2001年1月27日(土)

インターホンの続報です。

本日、専門業者の訪問を受けました。

まず、我が家の子器を代替品に取替え。しかし、現象改善せず。
親機か? という話になり、アパートの玄関に下りたりまた上って来たりして色々試すうち、なんと、この階のウチから奥は全滅であることが判明(近所付き合いが希薄だと、こういう時に困ります)。

どうやら建物の配線の問題らしいとのこと。解決までには、まだ時間がかかりそうです。


2001年1月28日(日)

「勇気ある行動」と賞賛される異国の青年がいる一方、「無駄死にだ」と実の母に突っぱねられ、「あいつは生きるのが下手くそだった」と知人に身も蓋もない事を言われる小父さんがいます。
最初に線路に落っこちた人は、どうしてホームで酒盛りなんかしていたのですか?

本当に寒い田舎に住んでいて、都会の薄ら寒さを見てしまった感じがしました。


1月30日 朝

その後、こんな記事を見掛けました(鴨宮駅で高校生が同級生を助けた)。やったね、と思いました。


2001年1月29日(月)

道路の真ん中は、車が通るための場所です。
道路の端っこは、車が通るための場所を開けて出てきた雪のための場所です。

……あのう、あたしら歩いてる連中はどこを通れば良いのでしょうか?

いえ、ま、なんとか歩けてはいるんですけどね。なんかね。車の通るトコさえ作っときゃいいや、って除雪してる感じがしましてね。じっさい除雪って、まずは車のためにやるもんですからね。歩く人は我慢してくれってなもんでしょうね。

道路の雪だけでもスカっと融かすいい方法ないかなぁ。


2001年1月30日(火)

市役所で、自分が呼ばれたことに気付かずに順番を飛ばされました。

いまどき番号札も拡声器も使わないなんて。なんなのさ、一体。


2001年1月31日(水)

空腹で、寒さも暑さも二の次です。

なんか買ってくるぞー。


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