徒歩・徒然

2001年3月上期


2001年3月1日(木)

トップページを少し いじくって、ISO/IEC 15445:2000JIS X 4156:2000)とかいう規格に従う書き方に変えてみました(見た目は変わっておりません)。どうやら “ISO-HTML” というのが通称になりつつあるらしいです。位置付けとしては HTML 4sub set とのこと(これ、僕には意味がよく分かりません)。

今まで このサイトにおいて使っていた HTML 3.2 とは少し考え方が違っており、また、HTML 4.01 とも若干異なった部分があるため、書き上げるまでにかなり時間が掛かりました。なによりも、日本語による解説が見当たらないんです。HTML検証サービスでバンバン出てくるエラーを一つ一つ直していく作業となりました。Pascalプログラミングの授業の趣です。

さて、この規格は、ISOInternational Organization for Standardization:国際標準化機構)と IECInternational Electrotechnical Commission:国際電気標準会議)の名前を冠している、かなり厳格な国際規格であると言って良いでしょう。HTML本来の目的である「文書の共有」を前面に押し出し、表示スタイルに関するものは徹底的に排除されています。要素の意味付けにも厳密さが見られ、文書の構造を きっちりとしておかないといけなくなりました。

ただ、僕が個人的に今一つスッキリしないのは、HTML 4.0 から採用された伝家の宝刀、<DIV><SPAN> の存在です。
端的に言ってしまえば、この二つの要素さえあれば、規格に即した(文法的に正しい)HTML文書が書けてしまうんですね。
文章を、とりあえず <SPAN> で囲って、ある程度まとまりが出来たら <DIV> で一まとめにする。あとは ID やら CLASS やらの汎用属性で各部分に適当に名前を付けてやって、スタイルシートで表示方法を定めてしまえば、それでおしまい。

これでは、文書の構造も何も なくなっちゃうような気がするんですが(現に、今日書いたトップページも その気があります)。


2001年3月2日(金)

とある お店のトイレの中に

2次コース 3,000円から

いや、単なる間違いでして、わざわざ取り上げるほどでもないんですけど、今日 出会ったなかで目に付いたモノったらこれぐらいなのでして。
なんか、ほほえましいというか、“人間”が そのワープロ打ちの張り紙に見えたんです。席に戻ると周りは酔っ払いの集団でね。


2001年3月6日(火)

秋田に戻ると雪が降っていたんですが、バス停や街路樹の、冬の間はくっつかないはずの方、つまり“東側”に、吹き付けられた雪がこびりついていました。
季節は移っているみたいです。


この度の外出は、人に会う他にもう一つ、映画を見ようという目的がありました。

1月25日の欄に書いた「あなたのために」(2000年・米)を見て来ました。

原作に相当の思い入れを抱いていると、それが映像となって目の前に展開されるのは、ドキドキしてしまいます。
果たして、僕の思い描いていた世界は、映像を作った人が思い描いた世界と、どこまで近いものなのか。

今回は、その二つが いい具合に溶け合った気がします。期待は裏切られなかった。
少し長めの原作を2時間に詰め込んだため テンポが良すぎる感もありますが、「過ぎたことは置いてっちゃいましょう」というこの作品の流れを上手に表してて、逆に良かったと思います。

ひとことで言うなら

 何の変哲もない いい話

なのでした。

これは、本を読んだ時にも、うっすらと感じていたことでした。

変哲があるのは、
“7”という数字にさんざん痛い目に合わされて(映画でこれが“5”に変えられていたのはナゼ?)、下に車輪が付いてない家に住みたいと願ってて、お腹の赤ちゃんとカメラと一緒にスーパーマーケットに置き去りにされた、17歳の女の子(ノヴァリー・ネイション)。

それから、ノヴァリーが出会う人々。
アル中の過去を持ち、あまり厳格さを感じさせず、何気なく手を差し伸べてくれる“シスター”(セルマ・ハズバンド)。
子供の父親となってくれそうな男を探し当てるたび、新しい子供を残してどっかに逃げられてしまう看護助手の女性(レクシー・クープ)。
図書館で本と姉の世話をしている、歴史の教師になりたかった、一風変わった言動の男性(フォーニィ・ハル)。
登場する人々は、境遇や その人物自体、ちょっと一癖ある変哲ぶりなのです。癖があまりないのは、写真家のモーゼス・ホワイトコットンぐらい。

そして、みんな、クヨクヨすることをしない。
ほとんど身一つで置いてけぼりになったノヴァリーなど、ホントなら絶望でおかしくなってもいいくらいなのに、ま、なんとかなるさといった風情でスーパーに住み着いて暮らして行っちゃう。
レクシーにしても、母親一人で子供が4人の大変な生活を強いられているはずなのに、それを感じさせずに明るく暮らしている。
そんな、「ちょっぴり妙で可笑しくて、でもしゃんとしている」セコイアの人たちが、映画になって生き生きと動いていて、嬉しくなりました。画面に現れる町の色が、本当に素敵です。

ただし物語は、極めて真っ直ぐ進むだけです。大きな見せ場や、固唾を飲ませる展開、期待を裏切るどんでん返し、また、いわゆる『通』の人が好むような要素は、たぶんありません。
変哲があるのは人物だけ。

でも、いい映画でした。
おそらく“賞”の類とは無縁の作品です。“絶賛上映中”とかいう宣伝文句もなかなか付けてもらえないでしょう。
だけれども、劇場の中の空気を 優しく変える力を持っている映画です。
飲み物を口に含んでいる最中に とんでもない話を聞かされて 思わず吹き出してしまう、なんて古い手でも自然に笑いが起きてしまうのは、客席の雰囲気がとても良い物になっていた証ではないかと、僕は思っています。

いい時間を、過ごせました。本にも、映画にも、感謝。

 原題:“Where the Heart is”
 監督:Matt Williams
 脚本:Lowell Ganz & Babaloo Mandel
 原作:Billie Letts (「ビート・オブ・ハート」の邦題で文春文庫刊)
 出演:Natalie PortmanAshley JuddStockard Channing ほか

現在の所、日比谷のシャンテ・シネ(上映中)、および大阪・梅田のOS劇場C・A・P(3/17〜)の二館でしか上映されないみたいです。
もうちょっと色んな所で上映してくれてもいいじゃないかと思う一方、こうした、本当に見たいと思った人だけに見てもらう ひっそりとした振る舞いが この話には相応しいような気もします。複雑。
(秋田からわざわざこの映画を見に有楽町まで出て行く物好きも、そうは居ないでしょうが)


インディアンの少年、ベニー・グッドラックが映画に登場してこないのは、少し残念。おかげで、ノヴァリーが朝日の写真を撮りに山へ行く場面もなし、でした。まあ、しかたないか。

あと、サウンドトラックのCDも思わず買っちゃいました。それも、劇中の歌を集めた版とスコア版の2枚。ビョーキだ。
これでDVDが出たら、たぶん買います。いや、絶対 買う。僕のことだから。


2001年3月7日(水)

(今日は、ちょっと長いです)

急遽、年次休暇取得発動! で、休むことにしました。
体調は万全だし、睡眠も足りているのですが、外出の余韻がまだ残っていて。今日は、もう一度 本が読みたい、と思ったのです。
25日ほど貯まっているから 出来るだけ消化しろと お達しが来てるし。危急の業務もこれといってないので、別にいいでしょ。

ところが昼過ぎになって、そんなくつろいだ気分は吹っ飛んで行ってしまいました。
我が家に、執拗な電話攻勢が始まったのです。要するに「イタズラ電話」です(イタズラと断定するには少し根拠が足りないようにも思えますが、たとえ相手にその意志がなくても、ここまで迷惑をこうむれば、どっちにしたって同じことです)。

経緯

実は、先週から始まっていました。たしか、水曜日か木曜日だったと思います。
最初の電話は、その日の勤務を終えて帰って来て しばらくたってからでした。受話器をとって「はい」と出ると、子供じゃないかと思うような舌っ足らずな声が「んー」とか言っただけで切れてしまったのです。
なんだよオイと思っていたら、その後5〜6回、出たらすぐ切れる電話が立て続けにかかって来ました。向こうからは、ほとんど何の物音も聞こえてこないのですが、切れる前に受話器を置く音がするので、人間が電話機を使ってかけて来ているのは間違いありません。

しばらくの間、パソコンのモデムをつなぎっ放しにして“お話し中”の状態にしておいたら、その日は もう かかって来ませんでした。
その後の何日か、たまに同じ電話が かかって来ていたのですが、いずれも一度か二度で収まっていたので そのままにしていました。

今日になって

今日になって、突然 相手が牙を剥き始めました(もっとも、先週末辺りから頻度は増えてたのかも知れません。家に居なかったので分からんのです)。

お昼過ぎに3回ほど。ひょっとして、例のヒジカタさん宛てにかけているのではないか、と思って、4回目あたりに「すいません。あのう、ひょっとしてヒジカタさんのお宅にお掛けですか?」と言ってみました。間違い電話をかけた時、電話口に出た相手の声を聞いて しまったと思って なんにも言わずに切る人っていますよね。あれじゃないかと思ったんです。手元のメモか何かを信じきって、何度もウチにかけて来てるんじゃないかと。

ところが相手の反応は、一番最初と同じ「んー」とかいう舌っ足らずな声だけ。
「もしもし。ちょっと!」必死の呼びかけも空しく、電話は切られてしまいました。

なんだチクショ。と、ここで感情的な自分が頭をもたげて来ました。その直後に また鳴ったベル。受話器をひっつかむと「なんなんですか、一体! いい加減にして下さいよ!」と怒鳴っていました。
今思えば、それが大失敗でした。平日の昼間からこんな事をして喜んでいる馬鹿野郎は、相手のこういう反応に快感を覚えるに違いないのです。

案の定と言うべきでしょうか。ベルの鳴る頻度が増えてきました。連続して何回かあったと思ったら、しばらく休んでまた始まる、といった具合。その周期は一定しません。向こうも気が向いた時にやってる感じです。2回ほどベルを鳴らしただけで切る、とか、バリエーションも豊富になってきます。

こうなったら、取るべき行動は、

ぐらいしかありません。まずは、NTTに何か手を打ってもらえないか頼んでみようか、と思いました。

ところがですね。手元の電話帳(ハローページ)を見てみると、「迷惑電話」と銘打った1ページが設けてあるのですが、なんか納得行かないんです。「こんな方法があります」という欄には……

結局、どれもこれも払うお金が増える方法ばっかなんです(ウチの電話は留守電ないのです)。だいたい「迷惑電話おことわりサービス」にお金を取るとは、どういう了見なのでしょう。そんなの、毎月 律儀に収めている基本料の中からそれに当ててくれればいいのに。利用者に対する付加サービスとして、特別な料金など課さずに行われるのが当然でしょう。迷惑かけられた上に、それに対策しようと思うと お金がどんどん取られる。なんて馬鹿馬鹿しい。
「まずはご遠慮なくご相談ください」とは書いてあるけど、結局 向こうも商売だから、なにがしかのお金を払う方法を勧められるのは目に見えています。誰がその手に乗るもんか。

と文句を言ったところで電話のベルは鳴り続けているので、とりあえず、今日のところは人間系で何とかしよう、と思い立ちました。今日は特に用事もないし、向こうのお遊びに ちょいと付き合ってやろうじゃないか。どうせ、こっちは一銭も掛からないんだ。

暇な社会人

今まで、「はい」とか「もしもし」とか「すいません」とか「いい加減にして下さい!」とか こちらが言葉を発すると すぐに切れていたが、こっちが黙っていたら どういう反応を示すであろうか。
ベルが鳴って、受話器を外して耳に当て、何も喋らず黙っていました。向こうからは、何の物音もしません。全くの無音と言っていいくらいです。一体どんな所で電話をかけてやがるんだ、と思っていたら切れました。うーん。これ、やっぱり受話器を置く音だよな。普通の電話でかけてるんなら、何か他の物音がしても良さそうなもんなんだけども。
その後も、これと同じことを何度か繰り返し。切れるまでの時間は、だいたい10秒から15秒といった所でしょうか。言葉を発した時よりも長くなっています。

こんなことを延々やっていても面白くない。次は、電話口で音楽を鳴らしてやろうと思い付きました。
まずは無難にクラシックから行くか。バッハのチェンバロ協奏曲あたりでどうスか?
普段よりも気持ちボリュームを高めにしてCDを再生しておきます。ベルが鳴った! すかさずハンドセットを取り、受話の方は耳元へ、送話の方はスピーカーへ向けて。
しかし、相変わらず向こうは全くの無音です。こちらの音に戸惑っている様子すらない。何事もなかったように切られてしまいました。なんかくやしいぞ。

よし、次は「炎のランナー」のテーマ曲。DVDも買ったし。関係ないけど。
ここらで Liz Story のピアノ曲 行ってみるか。

そんな風に、しばらく人間ジュークボックスと化して遊んでいましたが、だんだん息切れしてきました。なにしろ、間隔が短いとCDを入れ換えている暇がないのです。また逆に、こっちが準備万端整えて待っているのに ちっともかかって来ず、お目当ての曲が終わった直後にベルが鳴ったアクシデントも。
結局、音楽を鳴らすのは5回くらいで やめてしまいました。

それからは、ベルが鳴ったとき如何に素早く反応できるか、を試して遊ぶことにしました。
ベルが鳴った途端、受話器を外して放り出す。切れたかな と思ったら元に戻す。どうせ、喋ることは何もありません。本や新聞を読んだりパソコンの画面に向かっていたりしながら、ベルの音に身構えます。

“Tr......”と来た瞬間“ガチャッ”。
「ハーッ!」「うりゃーっ!」てなノリです。まだまだ遅いか。修行が足りんぞ。
とかアホをやっていたら、3時過ぎだったでしょうか、床に放り出した受話器から、かすかに声が聞こえました。「ん?」あわてて取り上げて応対すると、アパートを管理している不動産屋からでした。
「先月分の家賃が振り込まれてないんですけど……」「あ、すみません。すぐに振り込みます」

銀行へ。一時休戦。外は結構な雪でした。ついでに買い物。

帰ってきても、飽きることなくベルは鳴っています。
ここに至って ようやく思い出したのですが、ウチの電話には「スピーカーホン」ボタンが付いています。受話器を置いた状態でこのボタンを押すと、相手側の声がスピーカーから聞こえるのです(こっちの声は向こうには聞こえない)。このボタンを駆使すれば、わざわざハンドセットを持ち上げる手間が省けます。次からは、これで応答しよう。これなら、本当に用事がある人がかけて来ても、ちゃんと声が聞こえます。上に引用したNTTが提案する方法の2番目のヤツを、手動でやることになるわけですね。普段、こんなボタン使うことはないので、存在を忘れていました。

で、反応速度試験を繰り返しました。ボタン一つになったので、先ほどまでより手軽です。状況に変化はありません。向こうからは何の物音もせず。こっちからも何の物音も聞こえていないはず。
最終的に、どんなに他のことに気を取られていても、最初の1コールでボタンを押せるようになりました。なってどうする。
そのうちに次第に頻度が減ってきて、午後の6時代以降は一時間に1回から2回程度になり、午後9時を過ぎたら、パタっと電話が やんでしまいました。

とりあえず、今日はこれまでかな。
何か新しい遊び方を思い付いたら、また試してみることにしよう。


今のところ、夜中にジャンジャンかかって来て迷惑してるということはないので、警察沙汰にするのは しばらく待ってみようと思います。昼間は居ないことの方が多いし、夜勤明けなどで寝たい時は 例によってコードを引っこ抜くので問題ありません。
そのうち向こうも飽きるでしょう。甘いかな?


2001年3月8日(木)

日付が変わって一時間半。満月の家路。
酔っ払ってないのに酔っ払いについて行ける自分には、敬服と感謝と。


イタズラ電話続報

今朝がた(もう昨日ですけど)、5時ごろに2回ほど鳴らされた気が。良く寝てたところなんで、良く覚えてません。
8時過ぎにシャワー浴びてる時にも鳴ってたような気がします。それ以降は知りません。
いずれにしろ、今日は(もう昨日ですけど)向こうに一銭も払わせてないので、なんか癪です。


2001年3月9日(金)

「中学校の卒業式が始まりました」夕方の地元のニュースで。

挨拶してる校長先生や、壇の上で別れの言葉の卒業生の代表や。
そんな風景に混じって、涙をこらえる女の子たちの姿が、ちらりと。

中学校の卒業式で、名残を惜しんでそんなことになるなんて、自分の場合は考えられなかった。それで、少し感心していました。
そして、羨ましかった。いい学校だったんだな。いい先生たちだったんだな。いい友人たちだったんだな。

もちろん、全てが忌まわしく厭だったわけでは。
でも少なくとも、涙を流せるような卒業式ではなかった。
「起立」と言われて立ち上がり、「礼」と言われて頭を下げ、「着席」と言われて腰を下ろして。ただの繰り返し。
みんなが一斉に動く音が、妙に耳にこびり付くんです。そんな思い出しかない。

その僕らを見て満足していた人は、果たして誰だったんだろう。

「ご両親の皆様、お子様を、お返し致します」
偉そうなことを、偉い先生が話していたっけ。


2001年3月10日(土)

今さらながらに “DANCES WITH WOLVES”(1990年・米)(うわ、もう10年以上前じゃん)。
ディレクターズ・カットなる4時間近くの長尺でしたが、退屈することなく見られました。

『風になびく髪』(Rodney A. Grant) のカッコよさに惚れ惚れ。
それから、なんと言っても John Barry の音楽に ぞっこん です。
お気に入りは “TWO SOCKS - The Wolf Theme”


2001年3月11日(日)

Songs of the Century(20世紀の米国の歌)

一位に輝いたのは、Judy Garland“Over The Rainbow” だそうです。
1939年に世に出たこの歌。いろんな人の心に残る一曲なのでしょう。もう一回、聴いてみよう。


バーミヤン大仏像2体を完全破壊(ネタ元はBBC News

やりきれないニュースですね。
僕は宗教のことは良く分からんですが、信仰とか冒涜とかの本質って、もっと別の所にあると思いませんか?
こんな感じの固執の仕方、どうも何かが違うような気がするんです。
目に見えるものを破壊することだけで、一体 何を示したことになるんでしょう?


2001年3月13日(火)

県北出張、夜間勤務。(“夜勤”って、やっぱ、これを略したんですかね)

帰って来て県南出向、風に吹かれて手が痛い。

同じ車と同じ携帯電話、30時間のお付き合い。
お疲れ様でした。


Windows XP ですけど、重そう。OS動かすだけで精一杯、なんてことに なりゃしないか。
これが本格的に使われるようになる頃には、パソコン変えなきゃダメかも知れないですね。NT4.0も、いいかげん限界が来るでしょう(もう来てます?)。650MHzなんて、今や遅い方の部類ですし。

なんだかんだ言っても 結構 周辺機器に投資してるので、出来ることならメインボードとCPUの“すげかえ”ぐらいで終わらせたいんですが、そうも行かないかな。
要は、新しいOSのドライバさえ用意してくれればいいんですけども(サウンドカード、ビデオカード、モデム。「そのくらい、買え」ってこと?)


2001年3月14日(水)

実に、何ヶ月ぶりでしょう、自転車で外出しました。
雪は たくさん残っているけれど、道を選べば走れます。手の冷たさも、真冬の比では。

ただし注意。なるべく道の北側を行くこと。南側は影になるので雪が融けていないことが多いのです。

晴れや雨の予報も少しずつ増えてきました。


2001年3月15日(木)

作業着と原稿締め切りの一日。
帰って来たら真夜中でやんの。

あした休みだからいいんだーい。
あさっては朝5時半出勤だーい。

おなかすいたおなかすいた。


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